Mme Damienの注射初日

 午前中、牛タンを準備しながら、再度Mme Damienの到着を待つ。昨日買い忘れていた注射の薬は夫が早いうちに薬局まで買いに行ってくれた。彼女、11時にここの近くのムッシューとランデヴーがあるから、その後来るわねって言ってたけど、何時くらいになるだろう。土日関係なくて大変だなあ。フリーだと仕事があったりなかったりだろうけど、街のあちこちに彼女の助けを必要としている人がいて飛び回ってるんだろうなあ、などと考える。丁度牛タンの下準備が終わった頃、呼び鈴が鳴る。アロ、と出ると、「Mme Damien♪」語尻に音符がつく感じ。彼女は息弾ませてやってきた。だばっとした黒いコートにカラフルなマフラーを巻いて、面白いブーツを履いているMme Damien。ヴァレリーから話を聞いていたせいもあると思うけれど、昨日初めて会った時から、私、このおばちゃん好きだなと思った。うちの親と同じくらいの世代だろうか?
 Mme Damienは陽気な人で、大きな声大きな身振りでよく話すけれど、話してる間ずっと手は動いていて、書類を出したり注射の準備をしたりしている。ああ、私には出来ない芸当。さすがベテラン。(当たり前?)夫がどういう注射か聞いてくれたりしていた。赤ちゃんが早く生まれても呼吸が十分できるようにね、ってことで、フランスではめずらしくない注射という様子だった。肝心のこちらは牛タンから突然注射になって心の準備ができておらず、観念してベットに横になるまで随分時間がかかってしまった。座ってでも、横になっても、好きな格好でいいわよー、と言われても、うーん、うーんという感じ。ちらっと見えた注射針はやけに長く思えた。いざ横になるとマダムは早かった。消毒液でささっと拭いて、はい、いくわよー、息吸ってー、ぶすっ。あれ、あんまり痛くない。はーい終わりよ。確かに、Ce n'etait pas mechant(大したことなかった。)鍼治療って案外こんな感じ?という程度。でも、何か薬液を投入された重さが残って、やっぱり変な感じがする。何となく腰が重く、起きられないままマダムを見送る。じゃ、また明日同じ時間にね。マダムが出て行くと、薬が体を回ったのか、口の中が苦くなって、ぐっと気持ちが悪くなる。「窓開けてぇーー!!」とたんにさっきまで扱っていた牛タンのにおいが部屋の中に充満しているのが、耐えがたくなったのだ。空気を入れ替えて、しばらく横になっていたら、体は大丈夫になったけれど、何となく訳のわからない薬物を投与されたという精神的な不快感が押し寄せてきて、一体これは何だったのかと、どうしても聞いてみないと気がすまないという気になってきた。